食事処めもの更新履歴だった

鮨ってありがたがるほど旨いのか

食べ歩きが趣味なのに俺が鮨店を除外しがちなのは、地域柄もあるけど、ずーっと「そもそも鮨ってありがたがるほど旨いのか?」という疑問を抱いているためで、実際どこで食べてそう思う。世代も手伝って廻転寿司含め鮨はどこで食べてもご馳走であり、どこで食べても一定以上に美味しいのだけど、どこで食べても見た目からイメージできる味のフレームを逸脱しない。想像した味が高品質で提供されるのが高級鮨店。それはつまり、しょせん魚ありきで魚と酢飯の表現の幅の限界。俺が食べたいのは職人の技術ではなく料理。高級食材を使って旨いのは当たり前で、そうではない高品質だけど高価でない食材をから新たな料理を生み出すような魔法が見たい。鮨にそれはない。皆無。

熟成が強い鮨店では、食事中はその旨味や奥行きに感心するのだけど、不思議なもので店を出るやそんな感激を覚えた鮨店にすら再体験の欲求が生まれない。俺と鮨の謎の関係。

ああ、熟成鮨に感動しているのは、魚の変化と結果にであって鮨に対しての感動じゃないんだな。なるほど。腑に落ちた。であれば「美味しい」が再訪の動機にならないわけだ。

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テーマの著者 Anders Norén