ふとしたことが原因で不和が生じることがある。大概において紛争の原因なんぞ些細なことではあるが、実例を挙げるならば、洗濯機に入れておいてと直球で投げたパンツが嫁の顔にクリティカルヒットしたときだ。
(`Д´) なにするだ!
ばさ~ ← 俺に返って来た音。
バッシ! ← 嫁に返パンツ(返球)した音。
(`Д´) ぬがー! ← 再度、頭にパンツを当てられて怒った嫁の唸り。
ばす~ ← 俺に (ry
シュパーン ← 嫁に (ry
単純な運動技術に限定した場合、入門者から中級者に掛けてはシステマティックな技術論云々よりも何度となくその動作を機械的強制的に繰り返すことで普遍的な技術の向上が望める(もちろん初期段階での姿勢(フォーム)の指導は必要だが)。そして、それはパンツ投げ初心者の嫁を対象にした場合も当然当てはまる。
バッシ!ばす!パシッ!パス!シュッ! ← どんどん早くなる。
(・∀・) やた! ← ようやく俺に当たって喜ぶ嫁の歓喜。
パスーン! ← 嫁に (ry
(`Д´) 使用済みでしょー!
いいか、よくお聞き。
(`Д´) なによー!
好きだの嫌いだの、常に誰もが不安に怯え、ときに懐疑的にすらなってしまう愛という不確定なテーマに対して、決して愚鈍になってはいけないと俺はここで俺たちの間に一パンツを投じたわけだ。それによって生じたさざ波は哀しいかな他の人間関係のごとくいとも容易く俺たちの間に亀裂を生じさせた。しかしだ、そのパンツをお前が拾い上げ、お互い投げ合うことによって、俺たちは互いを傷つけながらも相手を思い遣る優しさを自分にも相手の中にも見出すことができた。つまり、他の恋人たちが馴れ合いでお互いの気持ちを誤魔化し、自分の気持ちを虚飾で塗りたくる中、俺たちはパンツ投げという茫漠としたエーテルをともに泳ぎ切ることで奴らに見えない愛という欠片を少しではあるが実感するに至ったわけだ。
・・・(・△・?)
俺がお前にパンツを投げた理由がわかったら?
(`Д´) もー!わかんないよ!
わかんなくていいから洗濯機さ、投げてきて。
(`Д´) もー!
もーもー、うるせーよ、牛女。
(`Д´) んもー!
なんというパンツの偉大なることよ。
特に俺のパンツ (・∀・)v